大友光悦 OTOMO“Da You”Koetsu Official Homepage
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NO.0001
30代からのプロデューサー中国語?!

 最近は、日本のレコード会社が中国人のアーティストと契約して、日本で発売するというパターンが多くなってきた。となると、日本で中国人アーティストと、中国語を使って仕事をすることになる。
 スタジオで中国語を使ってボーカルレコーディングをしていると、よく驚かれる。でも実を言うと、普段スタジオで使う中国語なんて、たかがしれているのだ。10パターンも覚えれば、十分足りる。
 好了!(良くなった)
 節奏不太好(リズムが悪い)
 再来一次!(もう一度やろう)
 听一下(聞いてみよう)
 放松吧!(力を抜いて)
 丸一日、スタジオにいて中国語を話していても、プロデューサーである僕が話す中国語はこれくらいなのだ。
 とはいえ、アーティストとこの詞をどう歌うべきかなどという議論になったりすると、これだけでは済みませんが…。
 そもそも、僕が中国語を勉強し始めたのは、10年ほど前に、レコード会社でアジアレーベルを立ち上げた時だ。中国に行ってミュージシャンと英語でコミュニケーションをとろうと思っても、日本と同様で、話せる人はほとんどいない。
 また、中国語の通訳をしてもらっても、音楽用語がうまく訳されていなかったりすることも多い。何より、音楽という言葉ですら表しにくいものを、通訳を入れて伝えることへの限界を感じたのだ。
 僕が中国語を勉強し始めたときは、30代後半だった。語学は若いうちがいいとも言われているけれど、そんなこともないだろう。確かに発音には限界があるかもしれないが、何歳になっても、外国語は学べるものだと思う。
 英語も、レコード会社に入って、ロンドンやロサンゼルスでのレコーディングをするようになった、30代になってから勉強し始めたのだ。
 それまでは一般的な日本人学生と同様で、中学から大学まで、10年近くも英語を勉強したにも関わらず、挨拶すらろくにできないような英会話レベルだった。
 語学は必要性さえあれば、学べるものだと思う。今日覚えたこの単語や言い回しが、明日の自分を助けると思えば、記憶力の衰えた脳でも必死で覚えてくれる。そんなものなのだろう。
 僕がプロデュースした鄭鈞という男性アーティストは、とても流暢な英語を話す。正直言うと、僕はいまだに英語のほうが得意なので、英語の話せる中国人とは英語で話すことになってしまうのだ。
 彼にどこで英会話を覚えたのかと聞くと、英文科だったからと事もなげに答えた。日本では英文科を卒業しても、英会話のできない大学生も多い。その点、中国の大学生はちゃんと勉強しているという事だろう。
 僕が大学生の頃、第二外国語はドイツ語かフランス語だった。それが、今では多くの学生が中国語を履修するようになった。
 英語を日常語としている人口、3億5千万人に対して、中国語を日常語とする人口は13億人いる。確かに、英語を話せるよりも、中国語を話せたほうが、4倍以上の人々とコミュニケーションがとれるのは、数字の上では、確かかもしれない。
 それに、多少英語を話せたところで誰も驚いてくれないけれど、中国語だと、挨拶程度でもみんな感心してくれる。
 先日、英語のセリフをレコーディングした。曲の間奏部分で、場面転換に男声の英語を入れたかったのだ。
 僕が自宅で作ったデモには、自分でセリフを入れていた。本番では、ネイティブスピーカーを手配して、レコーディングしたのだが、どうもうまくいかない。レコードメーカーのディレクターさんにデモの感じを出してほしいと言われて、恥ずかしながら自分でレコーディングすることにした。
 アーティストはアメリカで育ったネイティブスピーカーなので、彼女に発音チェックをしてもらう。基本的には問題ないのだが、一言、“rap”という単語の“r”の発音が違うとダメ出しされてしまった。彼女から、発音の特訓を受けても、まったくできない。20回に1回ぐらい偶然発音できるが、どこが違うのか、わからないまま。しょうがないので、最後には単語を変えて乗り切るしかなかった。
 英会話も中国語会話も、寛容な友人たちのお陰で通じているけれど、僕のひどい発音にみんな我慢してくれている事を、思い知りました。もっと、ちゃんと勉強しなくてはいけませんね。
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